歴史

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御祭神

主祭神 伊弉諾大神

合祀祭神 天照皇大神・大己貴大神・素盞鳴大神・奇稲田姫大神

記紀によれば、御祭神伊弉諾大神様は伊弉冉大神と共に国生みをされ、日本国土を形作る神々や森羅万象の数多の神々をもうけられました。ところが最後に火の神様を産まれる時、伊弉冉大神は大火傷をしてお亡くなりになります。伊弉諾大神は悲しさのあまり黄泉の国を訪ね、伊弉冉大神に現世に帰るように懇願しますが、黄泉の国の食べ物を口にしてしまった伊弉冉大神は、もう戻ることは出来ません。変わり果てた様の最愛の妻と黄泉平坂の千引きの岩を挟んで永遠の別れを告げると、

以下 古事記上つ巻より

ここを以ちて伊耶那伎の大神の詔りたまはく、「吾は、いな醜め醜めき穢き国に到りてありけり。故、吾は御身の禊せむ」とのりたまひて、竺紫の日向の橘の小門(おど)の阿波岐原に到りまして、禊ぎ祓へたまひき。

このように全国のすべての神社で奏上される「祓詞」にもある、筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原にて禊祓をされた神様であります。またその小戸の地名が当社の社名になっているものと思われます。

なお創建当時は日向灘に面した場所に祀られていたことから、航海の安全を守る神様として船会社からの信仰が篤く、境内に現存する一対の石燈籠は、元禄6年(1693年)に宮崎で最も古い豪商の一人である「日高屋」から奉納されたものであります。

石燈籠と招霊木

由緒

創建

第12代景行天皇の勅により創建と伝える。

古くは今の大塚地区と下北方地区との間の三角州、すなわち旧宮崎市街地全域を小戸と称し、「筑紫の日向の橘の小戸」の地名そのままに太古伊弉諾大神が禊祓をされた“祓の神事”由縁の地であり、天照皇大神をはじめ諸貴神誕生の聖地神社である。

古くより大淀川河口の沖合「小戸の瀬」は小戸神社御鎮座の清浄地として祀られ

「港口には黄金の眞砂 沖の小戸の瀬 宝浮く」

と夏越祭の夏越歌に今なお脈々と歌い継がれている。

日の出の写真
日向灘を望む

室町~安土桃山~江戸

旧称を「小戸大明神」と云い、文明5年(1473年)都於郡城主「伊東祐尭」が社殿を改築するなど神領30町を有し歴代藩主の崇敬篤く、また「小戸さま」として親しまれ広く御神徳が称えられたが、永禄・天正年間の相次ぐ戦乱により宝物・旧記等を失い、さらに寛文2年(1662年)の西海大地震のため上別府の大渡の上に移転奉遷、翌3年(1663年)上野邑(是より後、上野町と改称)に遷座する。

しかしこの後も

「日向なる小戸の渡りの浦こそは 青人草の創めなりけれ」

と詠まれる等、古社として崇拝をあつめ、享保3年(1718年)延岡藩主「牧野氏」より新たに社地を寄進される等、藩主の庇護を受け神殿・拝殿を修復、社殿を再興している。

小戸大明神の写真
上野町時代の小戸神社

明治~大正~昭和

明治維新後「小戸神社」と改称。

昭和7年(1932年)橘通り拡張により、御由縁深き大淀川の辺りの現社地へ遷座し、昭和9年(1934年)5月27日竣工、本殿正遷座祭を斎行している。

また5年後の昭和14年(1939年)には全ての建物が竣工となり、同年4月28日に竣工奉告祭を斎行。境内が整えられ現在の様相となる。(当時の社務所は現在の下水流公園広場にあった。)

しかし昭和20年(1945年)に大東亜戦争終戦を迎え、荒廃の一途を辿ったが、昭和35年(1960年)には一の鳥居である大鳥居が竣工するなど、元来の神域を取り戻してきている。

昭和14年 竣工奉告祭

平成~令和

平成26年(2014年)には、御遷座八十年を祝し、御本殿・拝殿の御屋根銅板を葺き替えを行う。

20年間にわたる奉賛活動により、約1,500名の方々からの御奉納を賜り、同年5月27日に竣工奉告祭を斎行。約300名の参列のもと県内外の神職の奉仕を仰ぎ、盛大に執り行われた。

また平成から令和の御代替りを奉祝し、平成31年(2019年)から令和元年(2020年)にかけて御神門に連なる御玉垣を改修し現在に至る。

実に神話の国宮崎の発展と共にある神社であり、その御神威は県内はもとより、国中に広く尊崇貴き古名社である。

社殿の正面からの写真
葺き替え直後の小戸神社

昔と現在の小戸神社

夏越祭(御神幸祭)御旅所の意味

小戸神社は現在の場所に遷る前は、約270年間にわたり上野町に祀られていた。

現在の橘通西2丁目付近で、小高い丘の上にあったとされる。

今日でも7月25日・26日に近い土・日に行われる夏越祭の御神幸祭(神輿渡御)の際には、御旅所を元宮の地である上野町(バージニアビーチ広場付近)に設けて御神輿を一晩とどめ、往事を偲ぶ。

「元つ宮居の郷神庭に 今宵遊ばす芽出度さよ」 小戸神社 夏越歌より

夏越祭 御神幸路(令和元年)
上野町時代の小戸神社
上野町時代の小戸神社
現在の元宮跡地(橘通二丁目)
昭和5年頃の小戸神社周辺地図
昭和5年頃の小戸神社周辺地図